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2005-10-30 Sun 22:59
メトロに乗っていたら
向かい側の席に 運命の女性が座っていて 出会えた喜びで 偶然に感謝 「大きな決断をするとき いつも偶然に頼る 悩まなくて済むから」 アントワーヌ クララに出会う クララに出会う前のアントワーヌ 精神科医のもとでこう嘆く 「孤独なんだ 孤独で幸せというのは難しいし不可能だよ」 そう アントワーヌはもはや孤独ではなくなった じゃあ 孤独ではないことで幸せが可能になったか? 無音のエンドロールが 問いかけることに対して 私はこう答える 私がアントワーヌなら 絶対に彼女を離さない なぜなら 「だからこそ 自分は彼女と出逢った そこに意味があり だからこそ 彼女は運命の人」 そう思うから 私がクララなら 二度と彼に会うことはないだろう なぜなら 「運命の人だからこそ 誰よりも幸せになってほしい 誰よりも愛しているからこそ 二度と会わない」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 公式サイトはこちらからどうぞ↓ 「CLARA et moi メトロで恋して」 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ *主人公の僕の名前:アントワーヌ この名前に聞き覚えのある人は フランソワー・トリュフォーのファン!? アントワーヌという名前はトリュフォー監督作品 ジャン・ピエール・レオーが演じた アントワーヌ・ドワネルシリーズの主人公からとったそうです。 トリュフォー監督へのオマージュとして 劇中登場こそしませんがファニー・アルダンの名前も登場します☆ *やっぱり「メトロで恋して」の邦題は馴染めない感じです。。 個人主義の国・フランスの映画で 商業主義的ロマンチックをあおる抽象的ハリウッド的タイトルは悲しいです。。 |
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2005-10-29 Sat 22:32
人の中にいて感じる孤独
というものが 必ず存在する 人の中にいて感じる優しさ というものも 必ず存在する 必ずしも 一人は独り ではない けれど 独りを感じるとき 人は自分一人と対峙している メゾン・ド・ヒミコに登場する人物 その 瞳の表情が そんなことを語っている気がした 映画を観終わった後 別の映画のこんなセリフを思い出した これがこの映画の感想と言える L'amour et l'amitie,ca marche avec l'aadmiration. 恋も友情も崇拝に基づく そして Apres la mort,faire l'amour,c'est une facon de compenser,on a besoin de se prouver qu'on existe... セックスは死の代償 生きるための営みだよ 〜BAISERS VOLES 夜霧の恋人たち Fracois Truffaut〜より 脚本を書いた人物の若い感性が テーマから来る過ぎた静謐さや虚偽感・誇張を適度に押さえ 一部物足りなさや不要なシーンの存在を感じさせるも それぞれのココロ模様を愛情をもって描いた 美しい作品 オダギリジョーが 欲望 を口にしたシーンは 演技 演出 照明 カメラワーク それら全てが素晴らしいバランスで とても秀逸に感じられた 人はたとえそれが気に入らない出会いの連鎖であったとしても 人はたとえそれが気に入らない感情の連鎖であったとしても そこに誰かの または 自分自身の愛情が ほんの一滴のエッセンスとして加われば 加わりさえすれば それはすべて 素晴らしい出会いの連鎖 素晴らしい感情の連鎖となって 満ち足りていくのだなぁと そんなことを信じていいんだなぁと そっと思える作品だった ・・・・・・・・・・・・・・・・ ストーリーその他はこちらでどうぞ↓ メゾン・ド・ヒミコ公式サイト |
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2005-10-25 Tue 23:57
今日
旅立つ 私の友達に この詩を贈ります いつも春になると想う詩だけれど きっと 旅立ちの 始まりの時には まるでBGMのように響く 心地よい温度を持って紡がれた コトバ だから 今 届けます 「支度〜したく〜」 黒田三郎 何の匂いでしょう これは これは 春の匂い 真新しい着地の匂い 真新しいかわの匂い 新しいものの 新しい匂い 匂いのなかに 希望も ゆめも 幸福も うっとりと うかんでいるようです ごったがえす 人いきれのなかで だけどちょっぴり 気がかりです 心の支度は どうでしょうか もうできましたか |
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2005-10-24 Mon 22:12
ずる休みのきっかけ
寒い 眠い 何だかやるせない ちょっと風邪気味 昨日の夜更かし 夢を見ていたいから ずる休みの後先 昨日の分のお仕事と 今日の分のお仕事と まるでダイエットのリバウンド ずる休みはちっちゃな 自由? ちっぽけな我慢や忍耐を放棄して訪れる 自由? 理想はいつも 束縛なしに感じられる自由の定義 人は何事にも束縛されることなく その経験をなしにして 自由を感じることができるのだろうか? 心待ちにしていた 土曜日 存分に楽しんだ 日曜日 そしてやってくる月曜日は 憂鬱か否か 私には何故か 勢いがある 週末の楽しかったコト すべて引き連れて挑む月曜日 唯一余力で走れる貴重な一日 「月曜日に乾杯」に出てくるお父さんは 月曜日の憂鬱にとりつかれ 出勤途中にふらっと脱走 会社から 家族から 日常から 気が付けば 遠くへ遠くへ フランスの郊外 ほとんど田舎 -本当はもうちょっと都会に住みたいみたい 奥さんや二人の息子と暮らしている -本当はもうちょっとかまってほしい 息子にっては良いおばあちゃん・実母とも同居中 -本当はもうちょっと実父とも会えるといいんだけど 毎朝 車と電車を乗り継いで工場へ出勤 -本当はもうちょっとタバコが自由に吸えればいいんだけれど 工場での仕事は溶接工 -本当はもうちょっと違う仕事につきたかった 実は絵描きになりたかったんだ。。。 本当はちょっと 本当はちょっと その気持ちの積み重ねが 何かをごまかせなくなって 月曜日の脱走へ たどり着いた先はイタリア ヴェニス 取り立てて美化される 観光都市ヴェニスの姿はそこにはない お父さんは早速スリにあい 友達になった地元の家にお世話になる そして そこに暮らす庶民からみた ヴェニスの聖なる美しさに乾杯する どこにいっても どこを歩いても 日常が溢れている お父さんが逃げ出した月曜 他の誰かにとっては楽しい 美しい 月曜日 お父さんが逃げ出した日常 他の誰かにとっては楽しい 美しい 日常 お父さんは お父さんの日常へ帰っていく 自由ってやっぱり そこから逃げ出すことでは満喫できない そういう仕組みになっている 退屈で 逃げ出して 帰ってくる ただそれだけの120分 なのに 登場人物の誰一人とて忘れない 何だか?見事な映画 |
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2005-10-20 Thu 23:38
ご近所に住む犬
名前はドッグ 彼はもう高齢 もともとあまり鼻が効かないせいもあって 目の前を猫が通ってもよくわからない 最近元気がないみたい 大丈夫かなぁ そんなことを家族で話していた 猫 猫 ドッグにとってはもう気にならないかもしれないけれど 私には気になる猫がいっぱい 昔母が若かりし頃 家族の一員だった猫の名は しょうすけ かわいくてしかたなかったのに 猫獲りに獲られてしまったらしく 三味線の皮になったんだ。。。とか 時代を感じさせられるお話 私のカワイイいとこの家に住まっていたのは トラというキジ猫 いとことトラは苦楽を共にした もはや兄弟 トラは確かに私のいとこの弟だった 親友の家にお住まいの 純白にしてルビーと琥珀の瞳を持つ猫 にん 人間に迎合するなと育てられたその方は ご機嫌が麗しくないと大変危険らしい いつも美しく しなやかなモンローウォーク!?で お出迎えしてくださいます あまりに不細工で貰い手がないだろう、、 かわいそうに、、、 そんな理由で彼を拾った猫好きの親友 拾われた彼の名前は のん スキーのゴーグルをシーズン中ずっとかけてたせいで すっかり焼けてしまったか 勉強しすぎの苦学生のように 目の周りだけが黒っぽい いまやタヌキサイズにまで成長した彼は 勇気を出して人見知りを克服しようとしては ちょっと怖かったり 引越し 心機一転 頑張ろうとする姿が ほとんど飼い主と同じ歩み かけがえのない存在 いてくれてありがとう 知り合いの町家に暮らす 黒猫の おまえさん 鼻が少し効かない様子 頭の回転も他の猫と違うみたい でも 愛らしい って ああいう感じ そう思う 当たり前のように いろんな猫がいっぱい セドリック・クラピッシュ監督の 「猫が行方不明」 出てくる猫はたった一匹 けれど いろんな人がいっぱい 監督お得意の人間図鑑がそこに 行方不明になるのは グリグリ 飼い主はメイクアップアーティスト クロエ 彼女は職業柄センス抜群 そうであるはずなのに!? 何だか少々センスが怪しい 3年ぶりのヴァカンスを手にいれ浮かれ気分 グリグリを預けて出かけよう 預け先は 同居中のゲイの親友 けれど あいにく彼は彼氏に振られて傷心中 猫!? そんなことはどうでもいい! 何としてもヴァカンスに出かけるため ご近所のおばあさんにグリグリを預け クロエは何とか出発する パリ 女の子 ルームシェア 猫 女性がカワイイ!と ありきたりなお気に入り度数で表現したくなる そんな要素が多いのでは? でも そんな心配しなくてよいのが セドリック・クラピッシュ監督流 ヴァカンスから戻ると グリグリは行方不明 彼女は捜し始める そして彼女は捜し当てて行く 猫と自分と自分が住む街のいろいろを グリグリを捜しながら あらためて歩く街 改築改装ラッシュでどこも工事中 古きよき建物が 変わっていく グリグリを捜しながら いろんな人に尋ねて歩く街 普段は接点のない ご近所老人クラブ 耳を傾けてみると そこにはいろんな歴史がある グリグリを捜しながら いろんな人を巻き込んでいく 大事になりそうな予感がする 動物愛護団体 不安をあおられて憂鬱に グリグリを捜しながら 思わぬ人に想われる クロエに思いを寄せる移民青年 パリという特別な都市が 縮図となってクロエの目に飛び込んでくる メルヘンではなくリアリティを持っていきいきと ヴァカンスという特別な空気だけが いつも気が付かないことを気づかせてくれる そんなふうに思ってしまいがち けれど きっと もっと 身近に 日常に 発見できていないたくさんのことがある 日常再発見 そして クロエはグリグリと 街を歩いて出会うべき 意外な それでいて当たり前の 出会いを果たす 彼女が捜しあてたのは 新しい発見 新しい視点 新しい感情 新しい自分 そして勿論? *日本でも今年あたりブレイク必至の俳優ロマン・デュリスも実は出てますよ☆ 彼の最新作は「真夜中のピアニスト」。「ルパン」も公開中ですね。 |
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2005-10-15 Sat 01:06
朝日新聞の記事に目がとまる
「浪費に嘆き[良質]の哲学」 プロダクトデザイナーのディーター・ラムス氏のことば。 インタビューにこたえてこう続ける 「今のデザインはあまりにも勝手気まま。 扇情的に見せようとモデルチェンジを繰り返しているだけだ。 本当に必要なものを提示する誠実さ、 もっと言えば、うそをつかないことをデザイナーは忘れてしまった。」 量産の 高度経済成長後 飽食の時代 本当の豊かさとは何か? そんなテーマは 私が高校生の頃のありきたりな論文テーマの一つだった。 それから10年以上の時を経て尚、 問いはまだ問として問われ続けている、 そんな不安が実感できた記事だった。 ラムス氏は自らの哲学を 「より少なく、しかし、よりよいものを」と表明。 同じドイツ人 建築家でありデザイナーの ミース・ファン・デル・ローエの名言 「less is more」と重なる 私はこの ことば たちを 「最小にして最大」と解釈する。 シンプル と ミニマム が違うように、 少ないことは足りないこととは違う。 シンプルが単純であるならば ミニマムは余計なものがないように思う けれど極度のミニマリズムは 逆に行き過ぎていてバランスに欠ける 過ぎたるは及ばざるが如し そんな意味合いも多少重なる。 余計なものがない ということには 勇気や覚悟がいる。 それを引き受けて造り(創り)続ける人の 感性と技術に、その洗練された発想に、感銘をうける。 人生を通じてつきあえるモノ・コトに出会える気がして。 ラムス氏の個展が京都・建仁寺で開催されている。 ぜひ足を運んで 工業製品の用の中の美を改めて見直したい。 もう一文。 こちらは京都新聞 夕刊より。 「世界に通じる墨象表現」美術家 篠田 桃紅 書の伝統に違和感があったという少女時代。 そして現在92歳の彼女はこう述べている。 「 川 の字は縦三本の線に決まっていても、 私は五本、十本、もっと無数に書きたくなる」 この無限の 境界のない発想 「目に一丁字なき人、文学にはとても足をつっこめない人も、 絵なら見られるし、抽象は千人いれば千通りの見方がある。世界の多様な美しさ、人の感受性の豊かさを伝えるのに、こんないい手段はない」 戦争体験を経て 考えを巡らせる中、 国家や貧富などを超え、誰にも通じる言葉としての抽象画に大きな可能性を感じたとのこと このみずみずしい感受性・解釈が どうか私にも 多くの良質を求める人にも 宿りますようにと 祈るような気持ちになった 経済の マネー・ゲームやなんかが新聞の一面を飾り 踊る 近頃にあって 紙面をめくって出会えるこういった記事は 一服の清涼剤となって気持ちに潤いを与えてくれる そういった記事は見落とさず ぜひ皆さんにもお伝えしたいと思います。 *記事全文は「続きを読む」でご覧ください。 |
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