|
2005-11-23 Wed 01:07
-あらためて 読む
リチャード・バック「イリュージョン」 そこに記された「救世主入門書」- 自宅建替えに伴う仮住まいへの引越し そして 仮住まいから建替えられた自宅への引越し 二つの引越しの中で さよなら した本や洋服があった けれど 迷う余地も 疑う余地もなく 確かに残るものがある まるで私に住み着いた 私の一部のように 「かもめのジョナサン」の著者である リチャード・バックが書いた「イリュージョン」も そんな一冊 作中に登場する「救世主入門書」 高校生の頃 それを取り出してまとめてみた その抜粋は ふと 読み返したくなる 読み返すたび そこに 何かあるんじゃないか、 何か見つけられるんじゃないかと思う。 そんな文章。 *本文を読んでみたい方は「続きを読む」でご覧ください |
|
2005-11-10 Thu 21:52
恋愛 コメディ 歴史ドラマ
珍しくあらすじを追うと・・・ パリ陥落に至るまさに激動の時代 1940年パリ 人気女優ヴィヴィアンヌが 彼女の美しさに魅了された ある男誤って殺してしまうところから物語りは始まる 女優としての名声に傷がつくことを恐れ 小説家志望の幼馴染み オジェに救いを求める オジェもまた 彼女の美しさに魅了された一人 彼は遺体を捨てるため 雨の中車を走らせる しかし 事故を起こして逮捕される 数ヶ月後の6月14日 ドイツ軍が侵攻 パリ陥落 大臣ボーフォーの愛人になったヴィヴィアンヌは 彼の権力を利用しボルドーへと脱出 オジェは混乱に乗じて脱獄 ヴィヴィアンヌを追ってボルドーへ向かう ボルドー行きの列車の中 同じく脱獄に成功したごろつきと 戦争の鍵を握る ある薬品 を運ぼうとしている 化学者 そして化学者の助手に出会う 動乱の中 それぞれの思いが交錯し やがて一つに重なり合い 導かれていく 誰一人の行動からも 眼が離せない 巧みな脚本 かつてシラノ・ド・ベルジュラックを撮った ジャン・ポール・ラブノー監督らしい 軽快かつ緻密な展開 魅力的な全てのキャラクターが 全て適役 類まれなる美しさを持ち その魅力で男性を翻弄し わがままに生きる女優ヴィヴィアンヌ 実年齢をまったくもって想像し難い 恐ろしいほど可憐であり美しい・・・ そんなイザベル・アジャーニだからこそ この役に最高のリアリティが宿る そして ヴィヴィアンヌに翻弄される作家オジェに ハンサムで好青年のグレゴリー・デランジェール *グレゴリー・デランジェール出演の最新作も必見 HPこちら→「灯台守の恋」 いつも女性に振り回され 酷い目にあっても結局は許してしまう それでもまた 人を愛する気持ちが泉のように湧いてくる 憎めない性格の持ち主 それはまるで フランス映画に出てくる典型的な男性!? それはまるで トリュフォーの映画に出てくるジャン・ピエール・レオーのように 翻弄による奔走が 日常の一部と化し 日常なのにもかかわらず 100%の情熱を持って走りきる そんな存在 歴史戦争ドラマとして観ると ラストはいささかあっけない ただし 恋愛 コメディ ドラマ として観る限り 満足のいく作品 ハラハラ ドキドキ フランス映画的哲学が苦手な人にもオススメ アジャーニの美しさとはまり役を観るだけでも 一見の価値あり!? 「8人のおんなたち」のヴィルジニー・ルドワイヤン 「僕の妻はシャルロットゲンズブール」のイヴァン・アタルも出ています! |
|
2005-11-03 Thu 08:11
ファッションデザイナー 三宅一生氏のことば
「わたしはあらゆるジャンル 多くの人たちから影響をうけた イサム・ノグチの彫刻 黒澤明の映画 谷川俊太郎の詩 物を作る人は 自分を閉じ込めてはいけない。 表現方法の可能性をどんどん広げていくことが大切だ」 第十七回高松宮殿下記念世界文化賞(日本美術協会主催)の 彫刻部門に選ばれた後の取材に答えてのことば 〜2005年11月3日 京都新聞朝刊より〜 氏があげた端的な3名の名前 芸術家でなくとも 何らかの影響をうけることができる ただしそれも その人が持つ その人が差し出す アンテナしだい そのアンテナの在り様が 「可能性」に直結している さらに印象的な三宅氏のことばを綴る 「表現にかかわる仕事をする人は 高い所にいるのではなく 普通の人たちと感覚を共有すべきだ」 私自身の職場を思う 高学歴な人が集うステイタスのある仕事 なのだろう (私はそこに偶然いるだけ・その偶然もまた必然) 難しいコト 一般常識以上の 経済や法律 政治の知識に長けている同僚が多い 一方で普段着の常識が不足して 大事な何かを失ったか 失いそうな人が見受けられる 簡単なことほど不器用で イマジネーション アイデア 発想力 工夫すること 何もないところから生み出すこと ひと と ひと とで何かを作り上げていくことが たいそう不得手 だからこそ私の需要があるのだと 私自身は思っている それぞれは 明るく楽しく素敵なものをたくさんもっていて 努力して学び 学業を怠らなかった勤勉な人たちなのだけれど 気が付けば少し 目線が高い 階段の高いところに居て 何かをする時 1段降りることが億劫だと言わんばかりになってはいないだろうか? 高いだけの階段は 中身は空洞で張りぼて 少しの地震であっという間に崩れてしまう 生きていくことは学力だけはままならない 暮らしていくことは知識だけでは味気ない センスとバランス やはり一流であってさえ いや 一流であるからこそ 驕り高ぶることを忌み嫌う 敬意を払うことを放棄した瞬間 可能性という未知なる領域も 手のひらからするすると零れ落ちていく 三宅氏のことばから そんなことを感じた *記事前文はつづきを読むでご覧ください* *ただし記事の中の紹介文に「一枚の布から洋服をつくる斬新なデザイン」とありますが、それは逆に古典的な日本のデザインだと私は思います。 |
|
| 映画徒然 |
|



